2007年12月31日月曜日

心肺能力を試す

今日の午後は久しぶりに都内をブラブラする。

移動に地下鉄を使うこともあるが、けっしてエスカレーターを使わない。地下鉄のホームから地上まで、一気に階段を駆け上がってみて、自分の心肺能力をチェックしてみるのだ。東京メトロ王子駅と駒込駅で、ホームから地上まで一気に駆け上がってみた。日頃の運動不足が祟ったのか結構息が上がった。もうそろそろ、こういう行為は止めた方がいいのかも……。

写真は王子神社(旧称:王子権現)。今日はお札を納めに立ち寄った。少年時代はここの氏子として、この神社のお祭りにも参加していた。鎌倉時代末期に当地の領主豊島氏が熊野より勧請したと伝えられている。(ちなみにこの一帯は豊島庄と呼ばれ豊島氏は豊島区の名前の由来となっている。)私が少年時代を過ごしたこの辺の地名、王子、十条、飛鳥山、音無川などは紀伊国熊野に由来するといわれている。

細かい話は省くが、紀州つながりということで、この一帯は8代将軍徳川吉宗の庇護を受ける。飛鳥山に桜が植えられ、花見の名所になるのも吉宗時代のことである。この飛鳥山と王子権現の間には音無川(石神井川)による深い谷があり、権現側を王子村、飛鳥山側を滝野川村といった。また王子村の北部には王子稲荷神社があり、東国33ヶ国の稲荷社の棟梁であったこともあって参詣客は多かった。(「王子のきつね」はこの稲荷神社に由る。)このように飛鳥山、王子権現、王子稲荷は江戸郊外の手軽な行楽地として人気を集め、村内には料理屋や茶屋が立ち並び賑わった。池波正太郎の『剣客商売』や『鬼平犯科帳』シリーズを始め、江戸後期を舞台にした時代小説にもしばしば登場しているので、これらの地名をそれとは知らずに目にしている人も多いと思う。

何の話だっけか?

まぁ、そういうことで、もうすぐ2007年も終わりだ。

皆様には一年間いろいろお世話になりました。ありがとうございました。

2007年12月30日日曜日

帰省

今年も残り24時間程となった。いま私は東京にいる。って、実家に帰ってきただけだが。東京は山形より暖かいが、実家は山形の高断熱マンションの自宅より寒い。まぁ、安普請だから仕方ないか。この年末も、意地でも「一年を振り返る」なんてことはしないのだ。

2007年12月28日金曜日

アッコちゃんの時代

林真理子『アッコちゃんの時代』(新潮文庫)を読了。

この小説の単行本が発売されたのは今から2年ほど前。主人公「アッコちゃん」のモデルが実在することもあって、結構話題になった。先日、文庫化されているのを見つけたので購入してみた。

この小説の主人公「アッコちゃん」のモデルは川添明子だ。その名前を聞いてピンとこない人も、バブル全盛期に以下の話題でマスコミを賑わした女性といえば、記憶の片隅にとどめている人も多いのではないか。地上げの帝王こと最上恒産会長の早坂太吉を銀座のやり手ママから奪い取った女子大生。音楽プロデューサー川添象郎を、正妻の風吹ジュンから奪い取り、同時に彼の愛人だった荻野目慶子を蹴落とした素人女性……。(ちなみに尾崎豊の妻、尾崎繁子は川添明子の中学時代からの親友だ。)

どこまでが実話でどこまでがフィクションだか判らないが、ほぼ全ての登場人物は、実在の人物と対照させることができる。また、ストーリーに間接的(エピソード的)な関わりを持ったタレントや著名人(例:松任谷由実、YMO, ...etc)は実名で登場しているので、読者のゴシップ的興味が適度に刺激される。(川添象郎が明子を松任谷由実に引き合わせたとき、開口一番「お、魔性の女!」と声をかけられたというのは実話らしい……。)この小説の発表後、川添明子本人が「職業=小悪魔です」と雑誌のインタビューに登場していたりする。何を考えているんだか。この人、年齢は私より少し下、ほぼ同世代なのだが、この雑誌の写真を見る限り現在でもかなり美しい。(私好みではないが。)40代でこの美貌なのだから、20代で多くの男を虜にしたというのも理解はできる。この本はそういう女性を主人公にした恋愛小説である、一応。

舞台となる時代は、私の学生時代に完全に重なる。当時、六本木、麻布、広尾界隈には、こういう人達がたくさんいて、時代の繁栄を謳歌していたということを知識としては知っている。バブル全盛期の風俗にはほとんど無縁だったし、関心も無かったが、私のアルバイト先が麻布界隈であったので、傍観者として色々な人物や風俗を目撃することはあった。知り合いの宝石商のバカ息子の家庭教師のバイトを、サークルの友人に紹介したりもして、金銭に関する常識がまったく異なる世界があることも知った。日本にとってバブル景気って何だったのだろうとフト思うこともあるが、吹けば飛ぶようなサラリーマンの息子の私には知らないことが多すぎる。

それにしても、モテる人間を主人公にした恋愛小説ってどうなのだろう。世間では批判的な書評が多いようだ。私はアリだと思うけど。「拒否することはいくらでも出来たろう、という女がいた。そういうのは、男から狂おしく愛されなかった女だ。一度自分のような目に遭ってみればいい。ほとほと疲れ、呆れ、しまいには笑ってしまう。するとその隙に、男たちは明子を手中に収めるのだ。」あぁ、そうかもねと思う。私も、モテる人達から、同じような台詞を聞いたことがある。「批判するのはいいけど、私くらいモテてみな」って。モテているからといって、主導権を取って、世界を回しているわけではないのだ。むしろ翻弄され流され、それに抗うこともできないのだ。スターは常に世界の中心にいるように、我々凡人から見えたとしても。「自分は愛人たちから、あの男を奪ったことなど一度もない。男の方で勝手に、自分に激しい執着を持ち、どんなことをしても手に入れたいと思ったのではなかったか。」

町山広美の書評はネットで読める。面白いので、時間のある人は読んでミソ。「魔性の女には、自分の強力な自我に相手を隷属させるタイプと、巨大な自我の空白に相手が勝手に落ちていくタイプがあるはずだが、アッコはその後者だと私も思う。」なるほど。

2007年12月26日水曜日

西南戦争

小川原正道『西南戦争 - 西郷隆盛と日本最後の内戦』(中公新書)を読了。

西郷隆盛の何がそんなに人を惹きつけるのか。子供の時からの私の素朴な疑問だ。東京生まれの私にとって、西郷隆盛といえば、上野公園の銅像のことであり、東北自動車道、関越自動車道開通前の時代には、北国へ向かう長距離バスのための待ち合わせ場所のことであったのだ。

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』は、私にとっては難解な小説だった。これを原作にしたNHK大河ドラマも、大した視聴率は稼げなかったようだ。それでも、西南戦争に私が感心を持ち続けているのは、この戦争が、日本にとっての大転換点だったのではないかと思うからだ。きっと、戦前に教育を受けた人ならば、西郷隆盛という人物にまったく違う印象を持っているのに違いないのだが。

西南戦争の通史を語っている本(新書)はそれほど多くない。そういう点でも本書は貴重だ。明治十年の西南戦争の経過が丹念に記載されているだけでなく、明治六年の征韓論の政争から始まって、明治二十二年に西郷から朝敵の烙印が消されるまでを概観できる点もありがたい。もっとも征韓論については、いろいろな要素が複雑に絡み合い、現代史上での評価が定まっていないことも事実で、本書の記述はいささか物足りない。著者の専門分野は明治期の宗教行政とのことで、そこかしこで西南戦争中の社寺の記録が引用されているところがユニークだ。また、西南戦争後に盛り上がりを見せる、自由民権運動との関連性について、全篇にわたって終始注意深く述べられているところが大変興味深い。

会議と歯医者のみの午後

連休中、お餅を食べていたら、歯の詰め物が取れてしまった。そこで今日、バカみたいに3時間半も続いた会議の後、予約変更をお願いして歯科医院へ。

こちらは詰め直すだけと気楽に構えていたら、いきなり麻酔をあちこち打たれて、ガリガリと歯を削られた。「奥まで虫食っちゃってますね〜。」口を開け続けること2時間、越年することなく治療は終了。「痛んだら飲んで」と痛み止めをもらった。自慢ではないが、歯医者からもらった痛み止めを飲んだことは一度もない。親知らずを抜かれたときも。飲んだら余計症状が重くなるという先入観があるからなのだが。(根拠レス。)

「ご飯食べていいですか?」
「まちがって自分の口をたべないでね。」

と食事の許可をもらって、帰宅後(9時になっちゃったよ)直ちに夕食。麻酔で麻痺した口を無理矢理動かしながら、「年寄りが誤嚥して肺炎に罹って死ぬのはこういうシチュエーションなのか」とつまらないことを考える。その後「痛むかも」という言葉に逆らってみたくて、読書をしながらジックリ入浴。日付も変わってようやく麻酔が切れて唇の感覚が戻ってきた、というのが現時点。結局、痛くならないぞ、わはは。

おやすみなさい。

2007年12月24日月曜日

養老訓

養老孟司『養老訓』(新潮社)を読了。

養老孟司による老人論というべきか人生論というべきか。本書の内容は、これまで出版されてきた本と大差はないが、「気楽に生きていく」ための人生訓というテーマでまとめられているように思う。『運のつき』も同様のテーマで書かれているが、強いて言えば、前者は40代以降向き、後者は比較的若者向きと云えようか。こういう本が人々にどう読まれるのか私は知らない。反感を持つ人もいるだろうし、無関心な人もいるだろう。私について云えば、『運のつき』とはタイムリーな出会いをした。個人的なことなのでこれ以上は述べないが。まぁ、いろいろ読んでいれば、本との幸せな出会いもあるということで。

装幀は南伸坊。さりげなく趣味が良い。

2007年12月22日土曜日

フリーズする脳

築山節『フリーズする脳 - 思考が止まる 言葉に詰まる』(NHK出版生活人新書)を読了。

「最近もの忘れがはげしくなったなぁ」と思う今日この頃。そろそろボケてきたのかなと、すっかり年のせいにしていたのだが、どうも違うらしい。すんません。

本書の要点は次の二つ。「脳はボケるようにできている」ということと「脳は環境によってつくられている」ということ。環境の中には常に脳をボケさせる要因があり、本人がそれを補う努力をしていなければ、人は簡単にボケてしまうものらしい。だが、己の現状を見つめ、改善を心がけ脳の使い方を改めていけば、そのボケは防げるとのこと。本書のテーマは、その発見と改善の方法について。

この本が楽しくスラスラと読み進めていけるのは、抽象論を避け、次のような具体的なケースを解説しながら論が進められているところにあると思う。

- 商談の最中に不意に言葉が出なくなる、人前で話すのが怖くなった証券マン。
- よく知っているはずの名前が思い出せない、思考がちぎれていく大学教授。
- PCの前で頻繁に自失する、空回りし、疲弊していくシステムエンジニア。
- ネット依存的な生活を送っているうちに、物忘れが激しくなった総務部主任。
- 会話の相手が複数になると、話が聞き取れなくなる、頭に入らなくなる営業マン。
- 転職先の企業で度々思考停止状態に陥るようになったエリートビジネスマン。
- 文章が思い浮かばなくなり、偏執的に見直しを繰り返すフリーライター。
- 上司になった途端、考える力が衰え、仕事ができなくなった元「優秀な部下」。
- すぐ感情に支配され、頭の中が真っ白になる、元「冷静なキャリアウーマン」。
- 集中力が続かず、空白の時間が増えていく、「勝ち組」志向の司法浪人生。

もしアナタが「他人事ではない」と思うケースがあったなら、本書を読むことをおすすめする。あぁ、ワタシはどこまでボケてしまうんでしょ。

POPFile v1.0.0

ベイズ推定を利用して電子メールを自動的に分類する POP3 プロキシ POPFile の最新バージョン。初期に比べて日本語の扱いも格段に向上している。ここ一年ほど(2007/1/23 から今日まで)の、私のパソコンでの成績は以下の通り。

扱ったメール数: 42,595 通 (うちスパム: 30,821 通)
分類エラー数: 113 通
識別精度: 99.73 %

実用上、ほぼ 100% 。「迷惑メールを何とかして欲しい」と言ってくるアナタ。私や計算機センターをアテにするより、自分で対処することをオススメする。自分自身の判断基準で単語のコーパス分類が行われてデータベースが作成されるので、システムの学習が進めば、もっともストレスの無いスパムフィルタになることは間違いない。

今回のバージョンアップの主な変更点。

- IMAPモジュールの改善(GmailのIMAPにも対応)
- 日本語処理の改善
- ユーザインターフェースの改善

2007年12月21日金曜日

フリース敷きパッド

何が好きって、寝ることと食べることが何よりも好きだ。まぁ、だから人生の 1/3 〜 1/2 は自分の好きなことをしていることになるのだ、わはは……。

というわけで快適な眠りを得ることには貪欲なワタクシ。布団に入れば秒殺で眠りに落ちてしまうものの、寒いこの季節には、やはり布団の中でいつまでもヌクヌクできることを何よりも大切にしたい。今シーズンは、娘がベビーベッドを卒業したこともあって、あらためてヌクヌク感が得られそうな寝具をあれこれ検討してみた。で、ユニクロのフリース敷きパッドを購入。

これが、もう、なかなかいいんである。ユニクロのオンラインショップには

「ユニクロおなじみのフリース素材を使用した、寒い冬にぴったりの敷きパッドです。シーツを敷かずに直接寝ることで、暖かな肌触りと快適な寝心地をお届けします。」

と出ているが、実際、合わせ毛布一枚分以上節約できる感じである。肌触りと暖かさも予想以上だったが、手軽に洗濯できたのもマル。なんだかんだ言って子供は汚すから。ラベルには「ネット使用」の指定があるが、普通に洗濯機に放り込んで、乾燥機にかけてしまって大丈夫。縫製もそれなりにしっかりしている。

12/24 まで限定価格 1,990 円だそうです。コストパフォーマンスは抜群だと思います。

ユニクロオンラインストア http://store.uniqlo.com/jp/

2007年12月20日木曜日

「半熟女」で、ちょうどいい。

辛島美登里『「半熟女」で、ちょうどいい。』(マガジンハウス)を読了。

本書を書店で見かけるまでは、ニューアルバムのリリース情報を知るどころか、辛島美登里の名前すらもすっかり忘れていた。少なくともこの4−5年は、私の視界からすっかり消え去っていたように思う。私も年を取ったが、彼女も年を取った。1961年生まれだそうだから、今年で46歳ですか……。「熟女になったらつまらない。半分少女+半分熟女の“半熟女(はんじゅくじょ)”がいい」とのこと。

文章が上手い方だとはお世辞にも云えないが、一回 12,000 字あまりのエッセイを毎回面白く読ませてくれる。(編集者の腕前がなせる技か。)掲載されている10枚以上のイラストも辛島美登里本人の手によるもの。さりげなく多芸ぶりが披露されている。

「誰かのためになろうとか期待しない。自分の気持ちよいことを実践して、万が一誰かが喜んでくれたら幸運だと思う。がむしゃらに体力を使うのはもうやめよう、肩の力を抜いて、楽しむために時間を使おう。」そういう姿勢に共感。私もそうありたいと思うのだが、なかなかどうして。旅行記・紀行文の類が多いのだが、「ねむの木学園であふれる愛をもらう」の一篇にはグッときた。たまにはこういう本もいい。

http://www.karashimamidori.com/

割り箸

まったく大した話じゃないんだが、割り箸がこういう風に割れてしまうとヘコみませんか?ワタシはヘコんだ。

「さぁ、ご飯食べよ♪」
「パキッ☆!」
「んっ……?!」

「出鼻をくじかれる」って、こういうことをいうのだと思う、きっと。

えー、オチはありません。失敬。

2007年12月19日水曜日

MacBook & MacBookPro Software Update 1.1

このアップデートは、MacBook および MacBook Pro における応答の問題を解決する。一部の MacBook および MacBook Pro システムで、一時的にキーボード入力が保留され、1 分以上続くという問題が起きることに対処。本アップデータをインストールする前に、「Mac OS X 10.5.1 アップデート」をインストールする必要がある。

2007年12月18日火曜日

Security Update 2007-009

Mac OS X のセキュリティアップデータ。このアップデートでは、次のコンポーネントでの信頼性とセキュリティの強化が行われる。

- Core Foundation
- CUPS
- Flash Player Plug-in
- Launch Services
- perl
- python
- クイックルック
- ruby
- Safari
- Samba
- Shockwave Plug-in
- Spin Tracer

詳細については以下のサイトを参照のこと。

2007年12月17日月曜日

年の瀬は第九

昨日、自宅のプリンタのインクカートリッジを買いに近所のヤマダ電機を訪れたら、駐車場といい店内といい、その混雑ぶりに絶句。ボーナス出たばかりだからか。なんだかんだ言って、まだ景気が良いのかな。人々の消費意欲を目の当たりにして、少し目眩をおぼえたのだった。

年の瀬は第九ということで、以下、過去記事からおすすめディスクの再掲です。国内サイトでまだ入手可能なようで。



ベートーヴェン
交響曲第9番 ニ短調 作品125 『合唱付き』
イルムガルト・ゼーフリート (S)
モーリン・フォレスター (A)
エルンスト・ヘフリガー (T)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (Br)
聖ヘトヴィヒ聖堂合唱団
フェレンツ・フリッチャイ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 他
(XII/1957, I & IV/1958)
( → Amazon.co.jp)( → HMV.co.jp

さて、ちょっと硬派に第九のおすすめディスクです。ハンガリー出身の指揮者フリッチャイとベルリン・フィルによる名演です。録音は50年代の後半、ステレオ初期にあたりますが、CDにリマスターされて音質は問題ありません。この時期は、カラヤンがベルリン・フィルの常任指揮者に就任したばかりであり、オーケストラからは前任者フルトヴェングラー時代の古き良きドイツオーケストラの響きがしてきます。フリッチャイの指揮ぶりは、構成感があり音が引き締まっていて、低重心でも過度に暗くならず、輝かしくとも薄っぺらにならず、オケから密度の高い音を引き出しています。第三楽章の歌いっぷりも不足無く、第四楽章の疾走感も若々しく、まさにほとばしる歓喜に相応しいといえます。このCD、20世紀の大歌手フィッシャー=ディースカウ唯一の第九の録音としても知られています。「歓喜」にしては理知的な歌いぶりではありますが、名人芸には違いありません。フリッチャイという指揮者、1963年に48歳という若さで亡くなったせいか、それほどメジャーではありませんが、長生きしていれば間違いなく大指揮者として歴史に名を刻んだだろうと思います。

クリスタルの再会

栗本薫『クリスタルの再会 - グイン・サーガ 118』(ハヤカワ文庫JA)を読了。

物語も登場人物も、収まるべき所に収まった感あり。前巻以前のあの停滞は何だったのか。物語世界が活気を取り戻しただけでなく、語り部(作者)のトーンそのものがが、転調を繰り返したあげくこの長いサーガの主調に戻ったような感じだ。(一部を除いて)キャラクターの造形にもそれは云える。

さて次巻以降の舞台はどこになるのやら……。パロを舞台に、まだまだグインを中心に物語が進むのか。それとも他の国に舞台を移し、イシュトヴァーンや他の人物の物語も進むのか。

2007年12月15日土曜日

Bouquet Garni

「おい、鬼太郎!」と、つい言いたくなってしまうジャケ写真はおいといて……。何年ぶりだろ、辛島美登里のCDを買うのは。ファンハウスから東芝EMIにレコード会社を移籍して「もういいや」と思ったのは、もう何年前のことやら。こんどは Sony Music ですか。

声に若い頃の張りは無い。特に高音域。それでも歌唱は深くなっているのか、年の功。目新しさは特になかったが、その分、安心感はあるかもしれない。いまさら大きな冒険する必要は無いのでしょ。「なによりも自分が一番大事」というスタンスが好き。近作で《あなたの愛になりたい》を超えたものがあるのかなぁ。私は熱心なファンではないので細かくチェックはしてないが。季節柄か、お約束か、《サイレント・イブ》がまたまた別アレンジで入っているが、これはサービス過剰のような気がする。古くからのファンなら要らんでしょ。私はアルバム《Zinc White》に収められているピアノ弾き語りバージョンがあれば十分だと思う。《千の風になって》がカバーされているのが意外性大。成功しているか否かの判断は人によって分かれると思うが、異色であることは確か。「女声」で歌われると、まったく別の歌に聞こえる。死とか鎮魂といったものに与えるニュアンスが、男声と女声とではかなり異なるものだとは漠然と思ってはいたけれど。

何はともあれ、お帰りなさい。って、どこへ?

辛島美登里オフィシャルホームページ http://www.karashimamidori.com/

2007年12月14日金曜日

私はフェルメール

フランク・ウイン『私はフェルメール -- 20世紀最大の贋作事件』(ランダムハウス講談社)を読了。

フェルメールはレンブラントと並び称される17世紀オランダの画家だ。寡作でも知られ、現在「真作」とされているのは32〜36点ほどである。「フェルメールなんて知らない」という人も、それとは知らず《真珠の耳飾の少女》《牛乳を注ぐ女》を目にしたことがあるはずだ。私がフェルメールという名前を意識するようになったのは、ダリがフェルメールを絶賛しており、それをモチーフにした作品を描いていることを知ってからだ。

本書は、フェルメールの贋作者として歴史上名高いハン・ファン・メーヘレンの生涯と贋作事件の顛末を、ノンフィクション小説というかサスペンス調に描いたものだ。ウインの著述が優れているので、美術史や贋作に関する専門知識を読者が持つ必要はない。私達はただ、彼の記すところに従って、贋作者として歴史上に名をとどめることになった人物の数奇な運命の物語を楽しめばいいのだ。

ファン・メーヘレンによる贋作事件が、なぜ20世紀最大と呼ばれるのか。手玉に取られた一人がナチス・ドイツの国家元帥ヘルマン・ゲーリングであったこと。(ゲーリング自慢のコレクション《姦通の女》が贋作であることを知らされたのは、彼がニュルンベルグの監獄に収監されていたときだった。「彼は世界に悪事のあることをまるで初めて知った、といった様子だった」と当時の記事は伝えている。)ロッテルダムのボイマンス美術館が購入し、世紀の傑作と呼ばれた《エマオの食事》の購入額が、54万ギルダーであり、オランダ絵画としては過去最高額であったこと……等々。

門外漢の私が見ても(写真で見る限り)、《エマオの食事》や《最後の晩餐》がフェルメールの作品とは思いがたい。それなのに当時最高の権威とされていた専門家がなぜ騙されてしまったのか……。

贋作がばれてしまった経緯は単純だ。第二次大戦後、ナチスのゲーリングの所有物としてフェルメールの贋作《姦通の女》が押収される。売買ルートからハン・ファン・メーヘレンが割り出され、オランダの至宝を敵国に売り渡した罪で起訴される。そこで彼は告白した。「それを描いたのは私です。」

その後の反響がおもしろい。《エマオの食事》を賞賛してきた多くの専門家は困惑する。中には、ファン・メーヘレンの自白を信じられず、「真作説」を唱える者も現れる。結局法廷は、彼の贋作能力を証明するために、 衆人環視のもとでフェルメール風作品を描かせることにする。以下本文から。「描写の作業が始まるや、そこにいる誰の目にも、その男が《姦通の女》を簡単に描ける画家で、おそらく《エマオの食事》を制作するだけの才能に恵まれていることが明らかになった。」当時としては大スキャンダルであるが、部外者から見れば痛快でもある。

私達は本書を通して、ハン・ファン・メーヘレンの少年時代から、この贋作事件までを追体験することができる。そして私の気持ちが少し救われた気になるのは、裁判の判決が下って間もなく、心臓疾患により彼が自然とその生涯を閉じたことによるのかもしれない。

GarageBand & QuickTime アップデータ

○ GarageBand 4.1.1

このアップデートにより、全体的な安定性が向上し、iPhone へのファイル書き出しに関する問題にも対処した。

○ QuickTime 7.3.1

セキュリティの問題が解決されている。このアップデートについての詳細は、次の Web サイトを参照のこと。

http://docs.info.apple.com/article.html?artnum=61798-ja

2007年12月10日月曜日

復活!MacPower

休刊していた MacPower が復活した。季刊でということらしい。誌面は往年の MacPower を思わせる。執筆陣も、同雑誌の好調時にお馴染みだった面々が復活しているようだ。まぁ、詳しいことは知らないが。Computer 雑誌としては、シンプルで読みやすく好感が持てる作り。『UI 進化論』、『Mac OS 1.0 の研究』、『Apple のプロダクトデザイン史』など、過去記事を再構成した特集もあるが、穴埋めのレベルを超えて読み応えがある。『Mac OS X Leopard 完全武装計画』や『iPod touch が悲鳴を上げるまで使ってみた』は往年の MacPower の記事を彷彿とさせる。『緊急座談会』まで復活しているのはご愛嬌。ある種のDNAを感じさせる。巻末が川崎和男のコラムであるのは言わでものことか。次回の発売は2月18日の予定。

2007年12月9日日曜日

うどんすき

知人から美々卯のうどんすきを贈って(送って)いただいた。今年もいよいよ押し詰まってきたことを実感する。

また別の知人から電話をもらった。

「引っ越してませんよね?」
「どうしてですか?」
「いや、年賀状をおくろうと思いまして……。」

もはや何のための年賀状なのだがわからないが、世間が年末進行モードであることだけは理解できた。

美々卯 http://www.mimiu.co.jp/

ぶたたぬききつねねこ

馬場のぼる『ぶたたぬききつねねこ』(こぐま社)

おひさま → まど → どあ → あほうどり → りんご → ごりら → らっぱ → ぱいなっぷる → るびー → びーだま → まめ → めんどり → りす → すべりだい → いす → すばこ → こうのとり → りゅっくさっく → くま → まくら → らっかせい → いんこ → こっく → くし → しちめんちょう → うばぐるま → まっち → ちょこれーと → とうがらし → しょうゆ → ゆき → きりぎりす → すとーぶ → ぶた → たぬき → きつね → ねこ → こーと → とんがりぼうし → しろくま → まく → くりすます

2007年12月8日土曜日

iTunes Store のお買い得品

iTunes Store の値段の付け方ってホントに不思議。私だって、基本的には CD とか DVD とかメディアの形で購入する方が好きなのだが、これだけ安いとデータ購入でもいいかなって気にもなってくる。以前、アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集(ヴァイオリン協奏曲+ミサ・ソレムニス他付き)が、たったの¥1,500 で飛びついたことがあった。今回は、アバド指揮(BPO, WPO, CSO)マーラー交響曲全集、カラヤン指揮ベルリン・フィルによるブルックナー交響曲全集が、それぞれ¥1,500 なのを発見し、まぁいいかと購入。

アバドのマーラー全集、オケの組み合わせは以下の通り。第3番、第4番、第6番の音源は LP 時代に遡るものの、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったアバドの、覇気溢れ目配りの行き届いた質の高い演奏を味わうことができる。実はこの3曲、私は LP を持っていて、高校時代から大学時代にかけて繰り返し熱心に聴いたものだった。テンシュテットの数々の録音と並んで、私の若い頃のマーラー体験の中核をなしている。

第1番/第5番/第8番:ベルリン・フィル
第2番/第3番/第4番/第9番/第10番:ウィーン・フィル
第6番/第7番:シカゴ交響楽団

一方のカラヤン/ベルリン・フィルのブルックナー交響曲全集は、買おうか買うまいか迷っているうちに、CD の方が入手不能になってしまったもの。もっとも2008年は、カラヤンの生誕100周年にあたるので、日米欧のどこかで再発売される可能性が高いと思うのだが。

演奏精度という点において、この CD を凌ぐ水準に達した演奏はそう無いはずだ。音響はとても美しく、ときに冷たく感じられるほどだ。(特に第8番。)そのせいか、ブルックナーを愛好する人達の中には、この録音を忌避する者も多数いるようだ。カラヤンの通常のレパートリーは、大曲であり人気もある第4,5,7,8,9番である。その他の曲はレコード会社からの要請に応えて演奏されたもののようだ。ところがそれらの曲、特に第1,3,6番が面白い。曲の本来の姿以上に、カラヤンの演奏が立派すぎてしまっているのだ。容姿の冴えない者に化粧をほどこし、立派な衣装を着せてステージに立たせてしまっているような印象。これはこれでアリだと思うが、飾り気のない素朴なブルックナーを聴きたいと思っている人達には抵抗感を持たれるかもしれない。

iTunes をインストールしてある人は、以下の URL をクリックすると、iTunes Store の該当曲に行き当たります。

アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団
ベートーヴェン交響曲全集
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=89542748&s=143462

アバド指揮ベルリン・フィル他
マーラー交響曲全集
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=31662634&s=143462

カラヤン指揮ベルリン・フィル
ブルックナー交響曲全集
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=92004935&s=143462

2007年12月7日金曜日

AKB48ってなんだよ?

「まだ間に合います、年賀状!」なんていうキャッチを巷で見かける。やれクリスマスだ、やれお正月だと、皆さんなんて気が早いんでしょう。私は「お正月になればみんなリセット」という世間の空気感が子供の頃から嫌いだ。楽天的とかポジティブとかいうのとは少し違うように思う。ましてや個人の「自由」とか「解放」といったところからは遠ざかってしまっているように感じられるのだ。別にいいけど。

そういや大晦日に紅白歌合戦を見なくなった。「出場歌手リスト」を見ても知らない名前ばっかりだ。AKB48ってなんだよ?機関銃の名前かと思ったよ。(カラシニコフはAK-47っすね。)公式サイトの説明を読んだ。「おニャン子クラブの秋葉原版」というのが私の理解だが(仕掛け人は秋元康らしいし)、何か間違ってます?

2007年12月6日木曜日

Parallels Desktop 3.0 Build 5582

Intel CPU を搭載した Mac に仮想 PC 環境を構築して、Windows などの OS を動作させるためのソフト、Parallels Desktop 3.0 for Mac の最新ビルド。Mac OS X v 10.5 Leopard に対応し、アプリケーションもネットワークもサクサク動作するようになった。体感的にもシステムが安定したことが理解できる。これで仕事も捗るかも?

2007年12月5日水曜日

おこめ

お米をもらった。うんまい。美味なり。

ひとからもらって嬉しいもの……、私の場合、それはお米だ。お中元、お歳暮をはじめ、皆さんからいろいろな贈り物をいただけることは、大変ありがたいし嬉しいことではあるが、お米に勝るものはない。父が新潟県魚沼地方の出身だったこともあって、貧乏な我が家でも、子供の頃からお米だけは贅沢にも魚沼産のコシヒカリだった。何が無くても、お米さえあれば、どうにかなる。お米さえ食べていれば頑張れそうな気がする……。まぁ、根拠はまったく無いが。お米万歳!とりあえず、そういうことで。

2007年12月3日月曜日

きずな

杉本章子『きずな -- 信太郎人情始末帖 --』(文春文庫)を読了。

『信太郎人情始末帖』シリーズも本文庫で4冊目。杉本章子は寡作な人だし、4年前に読み始めたときは、このシリーズがこんなに長く続くとは思ってもみなかった。(単行本としては既に5冊目が刊行されている。)

歴史上の大人物でなくたって、人々は皆、それぞれのかけがえのない人生を送ってきたはずだ。杉本章子はそんなちっぽけな人生の切ないエピソードを描くのがとても上手いし、私はそんな数々を読むのが好きだ。『写楽まぼろし』東京新大橋雨中図などは現在入手が困難なようであるが、とても優れた小説であるので、ぜひ復刊をお願いしたいと思う。

大人の恋とはいっても、ドラマティックな物語が展開されるわけではない。ヒーローやヒロインとは呼べないような人々の、人生の切なさ遣り切れなさを乗り越えて、生き抜いていこうという健気な姿が胸を打つ。舞台空間の設定も巧みだ。浅草、新吉原、柳橋、本町が主な舞台だが、その時代を近世後期から幕末期とすることによって、身分社会の流動化などを要素に加え、男と女の物語を巧みに織り上げている。

2007年12月1日土曜日

研究室のBGM 今月の一枚



ハイドン
 ディヴェルティメント 変ロ長調 Hob. II-46
ダンツィ
 木管五重奏曲 変ロ長調 作品51-1
イベール
 3つの小品
ヴィラ=ロボス
 木管五重奏曲《ショーロスの形式で》 他
アンサンブル・ウィーン=ベルリン
 ヴォルフガング・シュルツ (Fl)
 ハンスイェルク・シェレンベルガー (Ob)
 カール・ライスター (Cl)
 ギュンター・ヘーグナー (Hrn)
 ミラン・トゥルコヴィチ (Fg)
(V/1983)
( → Amazon.co.jp)( → HMV.co.jp

室内楽の王様といえば弦楽四重奏曲だろう。音色の同一性、楽器のバランス、演奏技術の柔軟性などに裏付けられて、その表現力はなんとも豊かだ。ベートーヴェンを最高峰として、音楽史上に名を残した偉大な作曲家達はみな、個性豊かな名曲をこのジャンルに遺している。弦楽四重奏曲の形式を確立したハイドン、天才の奔放さを秘めつつ意外に真面目なモーツァルト、魅力的なメロディを散りばめロマンティックなドヴォルザーク、苦渋に満ちた内省的な世界を表現したバルトーク、スターリン体制下の多面的多層的な世界で屈折していきながら、心の奥底に潜り込んでいくようなショスタコーヴィチ……。スメタナ、シューマン、ドビュッシー、ラヴェル、シベリウス、ヴェルディなども作品数は少ないものの、個性的な名曲揃いだ。

そこへいくと木管五重奏曲はいかにも分が悪い。はたして「名曲」の名が冠された曲なんてあっただろうか。学校の音楽の教科書にも登場しないジャンルだ。そもそも編成にホルンが入っているのに「木管」なんて一括りに呼ばれてしまっているところが何とも投げやりだ。(日本語だけだが。)弦楽四重奏曲との対比で云えば、音色の多様性、楽器の個性の組み合わせの妙、楽器特有の機能からくる演奏上の制約といったところが木管五重奏曲の特徴ということになろうか。それでも、
木管特有の柔らかく暖かい響きには、文字通り奏者の息づかいが感じられて、演奏の楽しみが聴き手に直接伝わってくるのが何とも心地よい。だから私は好んでこのジャンルの音楽を聴く。

このCDの奏者達は私にとって馴染み深い。シェレンベルガーとライスターはベルリン・フィルの首席として多くの演奏に接してきたし、シュルツとヘーグナーは山形テルサのコンサートでも聴く機会があった。また、このCDに収録されているダンツィとイベールの2曲は、これまた山形テルサで、茂木大輔氏のアンサンブルで聴くことができた。2曲とも短いながら隠れた名曲だ。気品があって、音色は暖かく、どことなくロマンティックかつモダン。(簡潔で粘らないところが吉。)深刻ぶって「ジャジャジャジャーン!」とやるのだけがクラシック音楽ではない。アンサンブルの楽しみを味わってみたいという人には、試しに聴いてみることをおすすめする。

生活発表会

今日は娘が通っている保育園の生活発表会。テーマは『アラジン』(ディズニー版?)。娘のクラスは全員「お星様の役」ということなのだが、ストーリーとの関連性は一切不明。本人は大いに楽しんだようなので、まぁいいか。