池田清彦&養老孟司『ほんとうの環境問題』(新潮社)を読了。私は、きたる洞爺湖サミットを心底憂えている。このサミットの焦点の一つは環境問題といわれているが、「議長国だから」とカッコをつけて、「京都議定書」締結の時のような愚を繰り返すのではないかと思うからだ。
私は「京都議定書」や「排出量取引」といったものをまったく信用していない。もちろんIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のレポートを頭から否定するものではない。私達が気に留めておかなければならないのは、地球温暖化問題の本質は、温暖化そのものにあるのではなくて、エネルギーと食料とそれを取り巻くマネーの問題にその本質があるということなのだ。米国は議定書を批准しなかった。カナダは最近、降りてしまった。中国とインドの対応はご存知の通りである。欧州やロシアが排出量取引に熱心なのは、それが商売になるからだ。
NHKの報道番組が、排出量取引について熱心に語る欧州企業のリーダー達を紹介していたが、彼らをまるで伝道者のように扱っていることに違和感を覚えた。CO2排出削減政策に異議を唱える日本企業の経営者達を番組で非難していた古館伊知郎。まったく問題の本質を理解していなところでアジテーションだけが大きくなっていく。ああいうマスコミ人の罪は大変に重い。日本だけがババを引いている……、このことにもっと自覚的であるべきだ。
1980年代後半以降、日本のCO2排出量とGDPは完全にリンクしている。これは、この年代に、日本の省エネルギーがある種のピークに達したことを物語っている。すなわち、京都議定書での日本の公約「−6%」を守るということは、GDPベースでマイナス成長を政策的に誘導するということに他ならない。もちろん、技術的なブレークスルーが登場しないとも限らないが、そうでなければ、経済のマイナス成長なしに公約実現はあり得ないのだ。そもそも日本がその公約を実現できたとして、地球の温暖化抑止への貢献度はせいぜい0.01℃程度である。私達は、いろいろな数字を付き合わせて、もう少し頭を冷やさなければならない。
この国では、科学的、物質的、経済的な問題が、えてして倫理的な問題にすり替わってしまう。そうした愚は、戦前から先の大戦での敗戦までで、大いに懲りているはずなのに、実感もなければ反省も無い。「チーム・マイナス6%」なんていうのは一種の精神運動でしかない。まぁ、こういうことを言うと、「非国民」と言われてしまうのだろうが。精神論なんかどうでもよくて、私達は、冷静に深刻にシビアに、この国と人類の生存戦略を考えていかなければならないのだと思う。
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