そのうちヤリ玉にあがるだろうとは思っていましたよ、コンビニの深夜営業問題。
適当に記事をピックアップ。
http://www.asahi.com/national/update/0629/TKY200806290174.html
http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/20080621gr07.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080625AS1K2500325062008.html
この国では、政治問題だろうが、経済問題だろうが、外交問題だろうが、教育問題だろうが、科学技術だろうが、道徳・倫理上の問題にすり替えてしまう癖がある。その最たるものが、昭和初期から敗戦までの、軍部をはじめとする大日本帝国の迷走だと思うが、今日における環境問題も、そういう様相を帯びてきて私には気持ちが悪い。エコだエコだというけれど、いつの間にやら思考停止に陥って、無意味で原理主義的な精神運動になってはいないか、みな一人ひとりがよく考えて欲しい。
山形市では7/1からレジ袋が有料化される。それ一つを取り上げて否定する気はないけれど、「かけがえのないこの地球を!」と声高に叫ぶ人達とは、ますます距離を置きたいと思い始めている今日この頃。それでなくても窮屈なこの世の中。魔女狩りのようなことをして、多くの人々が環境問題で鬱憤を晴らすなんていう社会が到来しないことを、私は望む。
2008年6月30日月曜日
2008年6月28日土曜日
新宿熱風どかどか団
椎名誠『新宿熱風どかどか団』(新潮文庫)を読了。椎名誠には『本の雑誌血風録』という大傑作(と私は思う)がある。本書はその続編にあたる。1970年代後半、当時サラリーマンだった椎名誠をはじめ、目黒孝二、沢野ひとし、木村晋介によって、「本の雑誌」が創刊され、唯一の社員、群ようこが入社してくるあたりまでのドタバタを描いたのが『本の雑誌血風録』。本書は、それ以降、1980年代に入り椎名誠が会社を辞め、作家として活躍の場を急速に拡げていく時期を描いたものだ。私はその頃まだ高校生だった。作中の風俗、特に新宿界隈(あと池袋とか)の描写がなんとも懐かしい。村松友視、糸井重里らがメジャーになり、雑誌BE-PALが創刊されたのもこの頃。そして椎名誠のその後の人生にとってとても重要となる、野田知佑との出会いがさりげなく描かれている。(その後、カヌー犬として有名になるガクは、まだ小さい子犬として、本書の終盤にちょこっと登場する。)
私は、とくに30代の社会人(サラリーマン)に、『本の雑誌血風録』を強く薦めたい。別に脱サラや転職やフリーランスになることをそそのかすわけではない。(私個人の人生には他人をそそのかす程のストックが無いし。)ただ、自分にとって仕事とは何か、社会にとって仕事とは何か、何のために仕事をするのか、人生で大切なものは何か……、椎名誠の一見軽薄な文体のこの小説の中に、そういったものがたくさん詰まっていて、多くの材料を私たちに提供してくれているような気がするのだ。多くの人(社会人)にとって、キャリア10年前後、30代半ばって、とても大切な時期だと思うのだが、どうだろう。もう私はそんな時期を過ぎてしまったが……。
何はともあれ、椎名誠のこの手の本は元気が出てくる。この2週間、体調を崩して鬱々としていたのだが、ようやく回復基調に向かいつつあるようだ。あと何作か読もうかな。
WEB本の雑誌 http://www.webdokusho.com/
BE-PAL http://www.bepal.net/
ほぼ日刊イトイ新聞 http://www.1101.com/
2008年6月26日木曜日
カラシニコフ自伝
エレナ・ジョリー&山本知子『カラシニコフ自伝 - 世界一有名な銃を創った男』(朝日新書)を読了。地球上の紛争地帯に、何はなくともこれだけはある。それは AK-47 とか AK-74 という型番で呼ばれることもある、カラシニコフという自動小銃(突撃銃)……おそらく人類史上、最も多くの人間を殺した銃だ。本書は、その生みの親カラシニコフ自身の語り下ろしによる自伝、フランス女性ジャーナリストの聞き書きによる。
自伝だから多少割り引いて読む必要はあるが、朴訥とした技術者としての語り口が印象的だ。旧ソ連時代でもひた隠しにされてきた、子供時代における一家のシベリア流刑とそこからの脱走など、ショッキングな履歴から本書は始まる。戦車戦で負傷し、銃器設計者となり、AK-47 が軍に制式採用されるまでの物語は、社会主義社会(スターリン体制)における稀な成功物語として、とても興味深い。また、最高会議代議員まで上りつめた彼から見た、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ、ゴルバチョフ、エリツィンといった最高指導者たちについてのコメントは、西側世界に住む私たちにとって、目から鱗が落ちるようなものだと思う。
核兵器を開発した科学者達が必然的に抱え込んだある種の倫理的問題を、カラシニコフも同様に抱え込んでいる。彼の以下のような語りぶりは印象的だ。
「私がつくり、私の名前を冠した銃は、私の人生や意志とは無関係にひとり歩きしてしまった……。もちろん、カラシニコフ銃を手にしたビンラディンの姿をテレビで目にするたびに憤りを覚える。だが、私に何ができる?テロリストも正しい選択をしているのだ。一番信頼できる銃を選んだという点においては!」
2008年6月25日水曜日
HP 2133 Mini-Note PC
即日完売ですか……、HP 2133 Mini-Note PC。値段も手頃だし、ハイパフォーマンス版なら仕事にも十分役立ちそうだ。キーボードもUS配列というのが潔い。ありそうで、なかったもんな、こんなミニノートPC。欲しいかも。(これ以上、身の回りにPC増やしてどうするの>自分。)
2008年6月24日火曜日
全日本食えば食える図鑑
椎名誠『全日本食えば食える図鑑』(新潮文庫)を読了。ここ2週間ばかり何かと体調がすぐれず、布団の上の住人となっていた。こういうときは本書のような、エネルギーの塊といおうか、コンチクショーと常に放電しながから猛進していくような内容のものが、何よりも元気が出てきてありがたい。もっとも本書の趣旨は、日本全国の奇食珍食に体当たりで挑むというものだから、気分がすぐれないときに読むと、リアルにいろいろ想像してしまって、本当に気持ち悪くなってしまうのだが。
ハチの子やハブくらいでは驚かないが、エラコまで食べたのか……、絶句。エラコって何?という人は以下のサイトでも見てください。
http://ash-diary.seesaa.net/article/47058656.html
どう考えても魚のえさだろう。これを生で食べちゃイカンよ。うゎ〜、想像しただけで気持ち悪くなってきた。同系列ということでは、ヤシガニも勘弁。ヤドカリの親分を食って美味しいのか?「これはしばし言葉を失うほど旨い」そうだが……。(ちなみにタラバガニはヤドカリの仲閒です。)
こういう奇食珍食に混じって「名古屋食」という回があるのは笑える。名古屋の人は、これを読んでどう思うのか。ま、私は「納豆コーヒーゼリーサンド」なんて食べたくないわけだが。やっぱ凄いな、名古屋。抹茶小倉スパゲティにきしめんアイスっすか……。私は名古屋人の押しの強さに閉口することがよくあるのだが、彼らのパワーの源がわかったような気がしてきた。
2008年6月20日金曜日
サイロンの光と影
栗本薫『サイロンの光と影 -- グイン・サーガ 121』(ハヤカワ文庫JA)を読了。いやぁ〜、久々に陰鬱な展開。外伝のいくつかで、このような事態に至ることは、におわされてきたようにも思えるが……。私個人の好みでいえば、ストーリーに必然性があろうとも、生理的には避けて通りたいところではある。もっとも全121巻を通して、このようなエグイ展開はいまに始まったことではないのだが。次巻も、このノリが続くのか。まぁ、仕方ないか。久々に付き合うしかないだろうな。
2008年6月18日水曜日
RCが取れたり日本語版が出たり
http://mozilla.jp/firefox/
Adobe AIR も ver.1.1 で日本語版が出た。
http://www.adobe.com/jp/products/air/
Firefox3 がセキュリティ的に堅牢なのはいいけれど、はたして企業の現場やユーザはついて行けるのか。一方の Adobe AIR。まだ良質のソフトは少ないとみた。普及するのか?とりあえず、Google カレンダーを単独で利用できる Adobe AIR アプリケーションだそうです。
http://www.airprog.net/blog/2008-06-18/?p=25
2008年6月17日火曜日
絶不調
病み上がりで朝からフラフラ絶不調。昨日までは高熱で、今朝は低体温。どうなってるんだ、ワタシ。すっかり家事はたまってしまったし、どこから手を付けるかなぁ。今日の午後、90分授業を1つ担当。授業をしながら己の不調を自覚する。出席していた学生さんには気の毒なことをしたと反省。授業をしながら、動悸はするし、フラフラするし、呂律は回らないし、感じの悪い汗はかくし、もう最悪。次回はもう少しマシな授業にしたい。と、授業が終わって体温を測ってみると、すっかり平熱に戻っている。もっと仕事しろってか……。やれやれ。
2008年6月16日月曜日
トやイが出ない
娘から夏風邪をうつされて、先週の金曜日から今日までエライ目にあった。といっても、38℃台の発熱が続いたってだけなのだが。朝から晩まで、ボーッとして何もする気が起こらない。当たり前か。街を歩いてもボーッ、車を運転してもボーッ(おぃおぃ)、飯を食ってもボーッ、本を読んでもボーッ……。毎度のことだが、こういうときは街行く女性が皆キレイに見える。ジロジロしげしげ見つめているというのではなくて、視界の中になんとなく「キレイなひとが歩いてくるなぁ」とボーッと思うときがあるというだけなのだが。私の脳みそは、そういったことに関心が続かないようで、視線がその人を追って動いていくということも無いのだが。日がな一日、布団でボーッとしていても眠くならないので、未開封のCDを聴いてみることにした。シューマンの交響曲第1番の冒頭部のファンファーレの音程がいつもより低く聞こえたので「ありゃりゃ?」と我が耳と脳味噌を疑った。発熱の影響にしては音程のズレが大きいので、はたと「マーラー版だからか」と思い当たりホッとした。
シューマンが作曲した当時のトランペットは、彼が指定したGやAを出すことができなかったので、この曲の初演を担当したメンデルスゾーンは冒頭のパッセージを3度高く移調して現場的な解決を図った。ところがどういうわけか、このメンデルスゾーンによる修正はそのまま再修正されることなく、最終稿として出版されてしまった。問題がややこしいのは、楽譜が出版されたその年代には、件のGやAの音をトランペットが出すことは可能になっていたのに、シューマンはメンデルズゾーンの修正を戻そうとはしなかったということなのだ。さらに話はややこしくなる。ユニヴァーサル社のシューマンの交響曲のスコアは全てマーラーの校訂(編曲)による。このマーラー、なぜかこのメンデルスゾーンの変更を元に戻し、B♭ではじまるオリジナルのパッセージに書き直してしまっているのだ。つまり世の中には、幕開けの印象がまったく異なるシューマンの交響曲第1番が2種類存在するのだ。
なんか、ここまで書いたら疲れたので、寝る。
シューマン(マーラー編)
交響曲 第1番 変ロ長調 Op. 38 《春》
交響曲 第3番 変ホ長調 Op. 97 《ライン》
リッカルド・シャイー 指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(II/2007, V&VI/2007)
( → Amazon.co.jp)( → HMV.co.jp)
2008年6月12日木曜日
私の10年日記
清水ミチコ『私の10年日記』(幻冬舎コミックス)を読了。TV Bros.で現在も連載されている清水ミチコのエッセイの単行本化。「10年日記」とあるように、1996年から2005年までに本誌に掲載されたエッセイが一冊にまとまっている。TV Bros.はTV雑誌というよりサブカル誌として位置付けられることも多く、じっさい多彩なコラム執筆陣を誇るが、清水ミチコのはそのうちの代表的なものの一つだ。(ちなみに発行元、東京ニュース通信社の主力TV雑誌は「週刊TVガイド」。)
私は最近あまりTVをみなくなってしまったが、それでも面白い。清水ミチコの視点と立ち位置が面白いのだと思う。「ユニークな才能」と言ってしまうと誤謬が生じてしまうように思う。私達とまったく同じようでいて、どこかが微妙にずれている、その機微がうけているのだと思う。「芸」というより「モード」というべきか……。
気持ちが軽くなる一冊。
清水ミチコ公式サイト http://4325.net/
東京ニュース通信社 http://www.tokyonews.co.jp/
2008年6月10日火曜日
MobileMe
いま Apple の WWDC08 が開催中だ。世間的な話題はなんといっても iPhone 3G なのだろうが、.Mac(Appleのインターネットサービス)ユーザの私にとって嬉しいのは、 この iPhone 3G の登場に合わせて、この7月に .Mac が MobileMe という新しいインターネットサービスにアップグレードされることだ。これは便利。私のように Mac と Windows の両方を仕事で利用している者にとっては、まさに待ち望んでいたサービスといえる。メール、アドレス帳、カレンダー、ToDo などのデータが、クラウドと呼ばれるオンラインサーバ上に自動的にアップデートされシンクされる。(詳しい仕組みはコチラ。)Mac だけでなく Windows PC 同士のデータ同期にも利用できるのでありがたい。Me.com と呼ばれる Webアプリケーションが新たに提供されるのも楽しみだ。どんどん便利になるのもいいけれど、進歩に振り回されずに楽しみたいものである。
スティーブ・ジョブズの基調講演@WWDC08
http://events.apple.com.edgesuite.net/0806wdt546x/event/index.html
iPhone 3G
http://www.apple.com/jp/iphone/
MobileMe
http://www.apple.com/jp/mobileme/
2008年6月9日月曜日
見た!彫った!書いた!
きたる6月12日はナンシー関の命日だ。今年で七回忌だという。もうそんなに経つのか。(最近そればっか。)彼女の訃報に接したのが、つい昨日のことのように思われるのだが。享年39歳。もっと活躍してほしかった。生きていれば、今日のメディアにどのようなスタンスで臨んでいたことか……。
6/5〜15の間、パルコファクトリー(渋谷パルコ パート1 六階)で「ナンシー関 大ハンコ展」が開催されている。行きてー!せめて誰か私の代わりに行ってきて。>東京近郊在住の方
「全国を巡回します」ということだが、いつか仙台あたりには来てくれるのだろうか。かすかに期待しつつ。
(↓)「ナンシー関って誰?」という人はコチラ。
http://www.bonken.co.jp/
http://www.parco-art.com/web/factory/nancy0806/
6/5〜15の間、パルコファクトリー(渋谷パルコ パート1 六階)で「ナンシー関 大ハンコ展」が開催されている。行きてー!せめて誰か私の代わりに行ってきて。>東京近郊在住の方
「全国を巡回します」ということだが、いつか仙台あたりには来てくれるのだろうか。かすかに期待しつつ。
(↓)「ナンシー関って誰?」という人はコチラ。
http://www.bonken.co.jp/
http://www.parco-art.com/web/factory/nancy0806/
2008年6月8日日曜日
iPhone
AppleのiPhoneがソフトバンクモバイルから年内にも発売されるのだそうだ。やはりダメでしたか、NTTドコモ。なんか最近のTVCMみても不愉快なんだよな、NTTドコモ。うちの大学の学生に訊いてみてもいい。あんなTVCMの連発に欺されるほど消費者は馬鹿じゃない。反省も、進歩も、革新も、何も無いことを自ら表明してしまっているようなTVCMは、即刻やめた方がいいと思いますけどね。私はどうも、周囲の人から「iPhoneを買うのだろう」と思われているらしい。たしかにMacとの親和性は良いだろうし、面白そうなんだけど、私はこれまでPDAを使いこなせたためしが無い。iPodとして使おうにも、容量が最低30GBはないと、iTunesのデータが入りきらないし。おさいふケータイの機能を期待できないところも致命的。大学の近所のマックスバリュでもモバイルSuicaで買い物ができたし、交通機関での利便性を考えても、これを捨てることは現在のところあり得ない。う〜ん、結局ドコモの携帯を使い続けるのか……。シャクだからキャリアだけでも変更しちゃおうかなぁ。
iMacが登場したのは1998年。当時のAppleはどん底だった。i-Modeが登場したのは1999年。革新的なビジネスモデルでNTTドコモは急成長を果たした。10年を経ずしてこの変化。目まぐるしい世の中ではある。
2008年6月7日土曜日
ゲゲゲの女房
武良布枝『ゲゲゲの女房』(実業之日本社)を読了。「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげるの奥さんの自叙伝。これは面白かった。水木しげるの漫画は私の趣味ではないが、子供の頃は「ゲゲゲの鬼太郎」でたっぷり怖い思いをさせてもらったし、大人になってからは、昭和史の生き証人として、彼の著作に接していたので、身近な漫画家ではある。結婚からメジャー以前の貧乏エピソードの連発が、なんとも実感がこもっていて迫力がある。私が子供の頃、昭和40年代まで、貧乏な家庭って、本書に描かれているような感じだった。私の家庭もけっして裕福ではなかったから、その点で共感度大。
このご夫婦、お見合いから結婚まで、たった5日間だったそうだ。当時のお見合い結婚でも、こういうパターンは珍しかったと思うのだが。まぁ、だけど結婚なんて、こんなものでいいのかもしれない。大恋愛したって、上手くいかないものは上手くいかないのだし、付き合っているときから訳のわからない理屈を積み重ねて、お金をかけて子供まで作って破綻するくらいなら、「出会い即結婚」という方が潔いというものだ。なんとなくこちらが好感を持っているときは向こうも好感を持っているものだし、逆に、こちらが「いやなヤツ」と思っていれば、得てして向こうも「いやなヤツ」と思っていたりする。理性や感情以前に、動物的な直感って何よりも大切なのだと思う。そういう意味では、このご夫婦は、何よりも自分の直感や生理的な感覚に忠実に生きてきたのだと思う。見習いたいものだ。(もちろん人知れず、大変な努力を積み重ねてきたご夫婦でもある。)
2008年6月5日木曜日
サマータイムは健康に悪影響?
「サマータイムは健康に悪影響」睡眠学会が導入反対声明 (YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20080605-OYT1T00610.htm
へぇ〜、そうなんだ。研究レポートを直接見たわけではないので、「ちょっと意外」という程度の感想なのだが。最近のエコキャンペーンが追い風となって、サマータイム導入の議論が盛り上がってきただけに、どうなんでしょうね。
私個人はサマータイム導入には消極的。理由は単純。面倒くさいから。ま、メリットも理解できなくはないのですが、日本は先進諸国の中では比較的低緯度に位置しているので、先行国ほどのメリットは享受できないんじゃないだろうか。高緯度地域に滞在していると、夕食を食べ終わっても外は十分に明るいので、「もう少し遊ぼうか」って気になれる。夕食を終えて7時頃から森の中を散策。9時くらいまでは森の中でも十分に明るくて、かなり得した気になれたものだったが……。上記の記事、「医療費の増大や作業能率の低下で約1兆2000億円の経済損失が生じる」とのことだが、健康のためになることに時間を費やすなら、多少は穴埋めできるんじゃないのかな。なんだか、よーわからん。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20080605-OYT1T00610.htm
へぇ〜、そうなんだ。研究レポートを直接見たわけではないので、「ちょっと意外」という程度の感想なのだが。最近のエコキャンペーンが追い風となって、サマータイム導入の議論が盛り上がってきただけに、どうなんでしょうね。
私個人はサマータイム導入には消極的。理由は単純。面倒くさいから。ま、メリットも理解できなくはないのですが、日本は先進諸国の中では比較的低緯度に位置しているので、先行国ほどのメリットは享受できないんじゃないだろうか。高緯度地域に滞在していると、夕食を食べ終わっても外は十分に明るいので、「もう少し遊ぼうか」って気になれる。夕食を終えて7時頃から森の中を散策。9時くらいまでは森の中でも十分に明るくて、かなり得した気になれたものだったが……。上記の記事、「医療費の増大や作業能率の低下で約1兆2000億円の経済損失が生じる」とのことだが、健康のためになることに時間を費やすなら、多少は穴埋めできるんじゃないのかな。なんだか、よーわからん。
2008年6月3日火曜日
蒲公英草紙
恩田陸『蒲公英草紙 -- 常野物語』(集英社文庫)を読了。『常野物語』シリーズの2作目。今回は文庫で260頁超の長編。単行本として刊行されたのは何年前のことか。どうせ文庫化されるだろうと思っていたので、数年間読まずにいたと思う。
章立ては7つ。最後の第7章を除いた200頁余りが巨大なプロローグのような構成になっている。繊細な情景描写、優しい人物造形、物語は穏やかに幸せに進んでいく。わかってはいても、読み手は作者のペースで物語世界の深みへと誘われていく。そして最終章、すべては一気に暗転していき、最後まで読まずにはいられない。上手いなぁと思う。漠然と物語の展開は予測していたものの、この最終章で、不覚にも涙が出てきてしまった。作者は手の内を十分に晒していたはずなのに、それでも読み手を泣かせてしまう。正直、まいった。まぁ、たまにはこういう小説を読むのもいいと思う。これからも『常野物語』の続編を紡いでいってほしい。きっと私は次回作も読むと思う。
2008年6月2日月曜日
風光る 24
渡辺多恵子『風光る 24』(小学館)を読了。時代は薩長同盟締結前後。坂本龍馬を絡めた前半のエピソードは私的には低調。後半は、近藤勇と土方歳三の青春記といった風情。この巻でストーリーが大きく動くことはなかった。かつて掲載誌変更の憂き目にあった、この『風光る』。漫画雑誌不況の昨今、こんなスローな進行で、はたして物語の完結を迎えることはできるのか。少々心配ではある。(ヤングサンデー休刊に、『鉄腕バーディー』はどうなってしまうのか?だから20年前に、ちゃんと描いておけば良かったのに……。)あとがきを見れば「連載10周年」だとか。もうそんなになるのか。渡辺多恵子初の長期連載『ファミリー!』は私が高校生の時だったもんな。年を取ったもんだ……。
王様のわすれもの
学内の売店に行ったら、「他大学の売店でバカ売れ!」ってポップがあって、山積みされていたので買ってみた。チョコクリーム入りのクッキー。味はアッサリめで、クッキー表面は適度にこうばしい。これはいいかも。
駄菓子のやおきん http://www.yaokin.com/

駄菓子のやおきん http://www.yaokin.com/

2008年6月1日日曜日
研究室のBGM 今月の一枚

ショパン
ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 Op. 11
ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 Op. 21
ダン・タイ・ソン (pf)
フランス・ブリュッヘン 指揮
18世紀オーケストラ
(IX/2005, VIII/2006)
( → Amazon.co.jp)( → HMV.co.jp)( → NIFC)
今年のGW、CDショップで何気なく試聴したこのCDが何とも目からウロコだった。私は学生の頃からショパンが苦手で、コンサートの演目にショパンがあると「やれやれ」と思ってしまう方なのだ。はっきりと言葉にはできないのだが、ショパンの音楽に対しては、ある種の先入観があって、また巷の多くの演奏がその私の先入観を助長するものだから、ますます聴かなくなるのだった。そんな私にとって、ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラがショパンを演奏したというのが何とも意外で、店頭の新譜コーナーで私の注意をひいた。これがガーディナーやアーノンクールやノリントンだったら、同じ古楽系の指揮者とはいえ私は素通りしていたと思う。そして見ればピアノ独奏はダン・タイ・ソン。私の期待は高まった。
シューマンほどではないが、ショパンもオーケストレーションが上手くないと評される作曲家だが、この演奏を聴くと、そのような評価がなんとも表層的なものに思えてくる。もちろん18世紀オーケストラの個々のメンバーの技量が優秀であることに依るところも大きいのだろうが、現代オケの演奏からはめったに聴かれない響きの透明感が何とも新鮮だ。20世紀のオーケストラ演奏は、大きなホールと大多数の聴衆を前提に進化してきた。管も弦も、その楽器の能力の限り、めいっぱい響かせることになるから、どうしてもキャンバス地をすべて塗り潰したような色合いになってしまう。それがシューマンやショパンの場合には、過剰に楽器が重なり合って、せっかくの音色がくすんでしまうことになる。この演奏を聴くと、そのようなオーケストレーションの瑕疵と評されてきたものが、後世における単なる言いがかりに過ぎないのだということを私達に教えてくれる。ショパンが実際に聴いていたのは、このようなオーケストラの響きなのだろう。
この演奏ではピアノもオリジナルのもの(フォルテピアノ)が使われている。ショパンが愛用していたといわれている1849年製エラールだ。このピアノの響きからも色々なことを考えた。このオリジナル楽器の表現力は、どう贔屓目に見ても、スタンウェイをはじめとする現代のコンサートピアノに敵わない。オリジナル楽器で弾くことが、ショパンの意にかなっていることなのだと単純に考えようにも、この2曲の音楽が、楽器の限界のさらに先を行っているものであるのもまた事実なのだ。オリジナルのエラールと現代のスタンウェイを並べてショパンに選ばせたら、彼はきっと後者を選ぶのではないか。そんなことをつい思ってしまうのだった。
ダン・タイ・ソンの演奏は、オリジナル楽器に相応しく、清潔で繊細な美しさが魅力だ。楽器の能力の限りを引き出しているだけでなく、ルバートやレガート奏法も研究・工夫され、現代楽器では望めない旋律美に溢れている。それが人工的ではなく、きわめて自然であるのも好感が持てる。彼は1980年の第10回ショパンコンクールの優勝者で金賞を同時に受賞しているが、審査委員会内部の騒動もあって、優勝者にしては、その後のキャリアに影がさすことになってしまった。彼がベトナム人であることも、音楽界で差別的な扱いを受けることになったのだと思う。私は学生時代にNHK交響楽団との協演を聴いている。曲目はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番だった。攻めるべき所は攻めてはいたが、バランス感覚が秀逸で、清潔な演奏をするのが印象的だった。それが機会で、その曲が大好きになったのも今は懐かしい思い出だ。第1番の最終楽章のコーダは最大の聞き物だ。ここでのアルペジオは、高度なテクニックとスピードを要求され、ピアニスト泣かせで有名だが、ダン・タイ・ソンのテクニックに衰えは見られない。(この大アルペジオをノーミスでパーフェクトに弾きこなすためにはかなりの練習量と極度の集中力をが要求される。)
クラシック音楽ファンの多くにとっても、これからクラシック音楽を聴こうという人にとっても、とても魅力的なCDだと思う。
http://en.chopin.nifc.pl/institute/
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